子どもの英語の話になると、誰かが必ず「バイリンガルにしたいの?」と聞いてきます。
そのたびに、うまく答えられませんでした。
英語で日常会話ができればバイリンガルなのか、学校の勉強を英語で受けられて初めてバイリンガルなのか、線がどこにあるのか分からなかったからです。
自分の感覚で「うちはそこまでは目指さない」と決めるのは、なんとなく雑な気がしました。
そこで、国が出している資料の中でこの言葉がどう使われているのかを調べることにしました。
開いたのは、学習指導要領の告示本文、文部科学省の調査結果、そして文部科学省が公開しているCEFRの対照表です。
この記事に書いてあるのは、それらの資料に書いてあったことと、書いていなかったことだけです。
バイリンガルという言葉は、日本の学習指導要領に1回も出てこない
先に結論を書きます。
小学校と中学校の学習指導要領(平成29年告示)の本文を機械で数えたところ、「バイリンガル」は0件でした。
PDFを全文テキストにして、空白を詰めてから数えた結果です。
同じやり方で「母語」と「二言語」も数えましたが、こちらも両方とも0件でした。
一方で、別の言葉はふつうに出てきます。
| 数えた語 | 小学校学習指導要領(平成29年告示) | 中学校学習指導要領(平成29年告示) |
|---|---|---|
| バイリンガル | 0件 | 0件 |
| 母語 | 0件 | 0件 |
| 二言語 | 0件 | 0件 |
| 外国語 | 103件 | 403件 |
| 英語 | 48件 | 47件 |
| 国際理解 | 10件 | 10件 |
つまり国が学校に求めていることの中に、「バイリンガルにする」という言葉は入っていません。
これは「バイリンガルはよくない」という意味ではありません。
そもそも国が定義していない言葉なので、学校の目標にも評価にも登場しようがない、というだけのことです。
ここが分かった時点で、「うちはバイリンガルを目指すのか」という問いの立て方そのものを変えることにしました。
バイリンガルの代わりに国が使っているのは、「日常会話」と「学年相当の学習言語」という2本の線
では、国は何を測っているのか。
文部科学省には「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」という統計があります。
平成3年(1991年)に始まり、いまは隔年で実施されている調査です。
その調査結果の本文に、「日本語指導が必要な児童生徒」とは何かという説明がはっきり書かれていました。
書かれていたのは、次の2つに当てはまる子どもです。
- 日本語で日常会話が十分にできない児童生徒
- 日常会話ができても、学年相当の学習言語が不足し、学習活動への参加に支障が生じている児童生徒
2つ目がある、というのがいちばん大きな発見でした。
しゃべれているかどうかと、授業についていけるかどうかは、国の定義の中でも別のものとして分けられています。
友だちと休み時間に普通に話せていても、算数の文章題で何を聞かれているのか分からない、という状態があり得るということです。
この2本の線を知ってから、「バイリンガル」という1語で表そうとしていた中身が、実は2つあったのだと気づきました。
日常会話の言葉と、勉強のための言葉は、同じ「話せる」ではないわけです。
| 国が分けている2つの線 | 中身 |
|---|---|
| 日常会話 | その言語で日々のやり取りが成り立つか |
| 学年相当の学習言語 | その学年の授業に参加できるだけの言葉が足りているか |
バイリンガルかどうかを学校がどう見分けているかは、判断基準別の学校数に出ている
同じ調査には、学校が実際にどうやって判断しているかも載っていました。
「日本語指導が必要な児童生徒の判断をどのような基準で行っているか」を、学校数で数えた表です。
令和7年度の国・公・私立の合計は次のとおりでした。
| 判断のしかた | そうしている学校数(令和7年度・国公私立の合計) |
|---|---|
| 児童生徒の学校生活や学習の様子から判断している | 12,504校 |
| 来日してからの期間を対象基準にしている | 5,265校 |
| DLAや類似の日本語能力測定方法により判定している | 3,076校 |
| その他 | 1,209校 |
いちばん多いのは、テストではなく「学校生活や学習の様子から判断している」でした。
測定方法で判定している学校は3,076校で、様子から判断している学校の4分の1ほどです。
複数の基準を併用している学校は、それぞれの項目に重ねて数えられている、という注記も付いています。
国の統計の現場ですら、言語の力は点数ではなく日々の様子から見取られている、ということになります。
家で「うちの子はバイリンガルと言えるのか」を点数で決めようとしていたのは、そもそも無理筋だったのかもしれません。
バイリンガルという語を使わずに、CEFRは「何ができるか」を6段階で書いている
では、言語の力を段階で表す仕組みは無いのか。
あります。
文部科学省が公開している「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」(平成30年3月)に、CEFRの6段階の説明が載っています。
CEFRは、20年以上にわたる研究を経て、2001年に欧州評議会が発表したものだと書かれていました。
そしてこのPDFの中も、機械で数えてみました。
| 数えた語 | 件数 |
|---|---|
| バイリンガル | 0件 |
| 複言語 | 0件 |
| 母語 | 1件 |
CEFRの説明文にも「バイリンガル」は1回も出てきません。
代わりに並んでいるのは、6段階それぞれの「何ができるか」という記述でした。
| 区分 | 段階 | 書かれていたことの一部 |
|---|---|---|
| 基礎段階の言語使用者 | A1 | よく使われる日常的表現と基本的な言い回しを理解し、用いることができる |
| 基礎段階の言語使用者 | A2 | 身近で日常の事柄について、単純で直接的な情報交換に応じることができる |
| 自立した言語使用者 | B1 | 身近な話題について、標準的な話し方であれば主要な点を理解できる |
| 自立した言語使用者 | B2 | 抽象的な話題でも具体的な話題でも、複雑な文章の主要な内容を理解できる |
| 熟練した言語使用者 | C1 | 言葉を探しているという印象を与えずに、流暢に、また自然に自己表現ができる |
| 熟練した言語使用者 | C2 | 聞いたり読んだりした、ほぼ全てのものを容易に理解することができる |
同じPDFには、各レベルの記述は「私は〜できる」という形で書かれたディスクリプタだ、という説明もありました。
何語を話せるか、ではなく、その言語で何ができるか、で並べる考え方です。
バイリンガルの目安に「母語話者なみ」を置くと、CEFRの記述ではB2に当たる
先ほど数えた「母語」の1件が、どこに出てくるのかを見にいきました。
出てきたのはB2の説明文の中で、「母語話者とはお互いに緊張しないで普通にやり取りができるくらい流暢かつ自然である」という一節でした。
つまり、母語話者という言葉は目標としてではなく、やり取りの相手として1回だけ登場しています。
上限のC1やC2にも、母語話者という語は使われていませんでした。
「ネイティブなみ」という表現が公的な段階表には入っていない、ということです。
英検の級やスコアも、この対照表の中ではCEFRの段階と突き合わされています。
家で目標を決めるときは、「バイリンガルかどうか」より「どの段階の記述ができるようになったか」のほうが、確かめようがあります。
B2の説明文まで来ていれば、少なくとも公的な段階表の上では、母語話者と普通にやり取りができるという水準です。
日本でバイリンガルに近い環境にいる子どもは、公立学校に84,759人いる
数の話もしておきます。
文部科学省の令和7年度調査は、令和7年5月1日現在で行われたものです。
公立学校で日本語指導が必要な児童生徒は84,759人で、これは過去最高の人数でした。
前回の調査より15,636人、率にして22.6%の増加です。
今回から国立と私立の学校も調査対象に加わり、それらを含めた人数は88,045人となっています。
| 項目 | 令和7年度 | 令和5年度 |
|---|---|---|
| 日本語指導が必要な児童生徒(公立) | 84,759人 | 69,123人 |
| うち外国籍 | 73,313人 | 57,718人 |
| うち日本国籍 | 11,446人 | 11,405人 |
| 1人以上在籍する公立学校 | 12,668校(全公立学校の39.4%) | 11,123校(34.1%) |
| 5人以上在籍する公立学校 | 4,329校 | 3,438校 |
| 100人以上在籍する公立学校 | 28校 | 17校 |
公立学校の10校に4校近くに、日本語指導が必要な子どもが1人以上いる計算になります。
全公立学校数は32,122校だと、学校基本調査の数字が注記に添えられていました。
2つ以上の言語の中で育っている子どもは、もう珍しい存在ではない、ということです。
日本語指導の支援者は8,706人、母語支援員は7,301人が配置されている、という数字も載っていました。
バイリンガルという言葉で想像する家庭と、実際に多い家庭の言語は違っていた
同じ調査には、家庭の言語別の内訳もあります。
調査票には「家庭及び日常生活において、比較的使用頻度の高い言語別」と条件が書かれていました。
日本国籍で日本語指導が必要な児童生徒の内訳を見て、いちばん驚きました。
| 家庭で使用頻度の高い言語 | 人数(公立) | 割合 |
|---|---|---|
| 日本語 | 3,166人 | 27.7% |
| 英語 | 2,110人 | 18.4% |
| フィリピノ語 | 1,997人 | 17.4% |
| 中国語 | 1,862人 | 16.3% |
| ポルトガル語 | 502人 | 4.4% |
| スペイン語 | 379人 | 3.3% |
家庭でいちばん使う言語が「日本語」なのに、日本語指導が必要とされている子どもが3,166人います。
家で日本語を話していることと、学年相当の学習言語が足りていることは、同じではないわけです。
外国籍の子どもの内訳はまた違っていて、中国語が24.3%、ポルトガル語が16.3%で上位でした。
「バイリンガル=日本語と英語」という連想は、少なくともこの統計の中では多数派ではありません。
公立学校で日本語指導が必要な外国籍の子どもを言語別に見ると、英語は4,015人です。
中国語の17,821人、ポルトガル語の11,933人と比べると、「英語」という一語で全体を語れないことが分かります。
バイリンガルという言葉を使うとき、自分が英語だけを思い浮かべていたことに気づきました。
バイリンガルの力を測るために国が作ったのは、テストではなく対話のものさしだった
測り方についても、文部科学省がページを作っています。
「外国人児童生徒等のことばの力のアセスメント」というページです。
そこには、母語も含めた児童生徒がもつすべての力を最大限に引き出す教育が求められている、と書かれていました。
紹介されている道具は3つです。
- 文化的言語的に多様な背景を持つ外国人児童生徒等のためのことばの発達と習得のものさし(略称「ことばの力のものさし」)
- 文化的言語的に多様な背景を持つ外国人児童生徒等のための対話型アセスメントDLA(令和7年4月改訂版)
- 多文化多言語の子どもの「ことばの力」をはかるオンライン・アセスメント
名前に「対話型」と付いているとおり、一斉に解かせる筆記試験ではありません。
ことばの力を的確に評価し、指導目標や指導内容を決定することが大切だ、という書き方でした。
点数を付けて順位を作るためではなく、次に何を教えるかを決めるための道具として位置づけられています。
ここでも、「バイリンガルかどうか」を判定する仕組みは出てきませんでした。
バイリンガルであることと、その後の進路は別々に調べられている
2つの言語の中で育つと進路はどうなるのか、という点も調査に入っていました。
令和6年度末を調査時点とした数字です。
| 項目 | 日本語指導が必要な児童生徒 | 全中学生等・全高校生等 |
|---|---|---|
| 中学生の高校等進学率 | 91.5% | 98.9% |
| 高校生の大学等進学率 | 41.2% | 75.0% |
| 高校生の中退率 | 6.4% | 記載なし |
前回の調査と比べると、高校等進学率は90.3%から91.5%に上がり、中退率は7.7%から6.4%に下がっています。
一方で、全体との差はまだ残っています。
文部科学省自身が、進学率は上昇し中退率は減少した、という書き方で公表資料に載せていました。
2つの言語の中で育つことが、そのまま学校生活の有利にも不利にもならない、というのがこの表の読み方だと思いました。
特別な配慮に基づく指導を受けている児童生徒は75,060人で、全体の88.6%です。
裏を返すと、9,699人、11.4%は何の指導も受けていないことになります。
バイリンガルという言葉の響きの良さと、この11.4%という数字は、同じ資料の中に並んでいます。
バイリンガルという言葉を家で使うときに、置き換えられる言い方
ここまで読んで、家での言い方を変えることにしました。
「バイリンガルにしたいの?」と聞かれたときに、国の資料に載っている言葉で答え直すやり方です。
| ふだん言いがちな言い方 | 国の資料に載っている言い方への置き換え |
|---|---|
| バイリンガルにしたい | 日常会話ができるところまでか、学年相当の学習言語まで求めるのか |
| ネイティブなみにしたい | CEFRのどの段階の記述ができるようになってほしいのか |
| 英語が話せる | その言語で何ができるか(ディスクリプタの形で言う) |
| 英語ができない | 日常会話が足りないのか、学習言語が足りないのか |
置き換えてみると、自分が何を望んでいたのかが、ようやく言葉になりました。
うちの場合は、学年相当の学習言語まで英語で求めているわけではありませんでした。
日常会話が成り立つところまでで十分だ、と分かっただけでも、習い事の選び方が変わります。
目標がぼんやりしていたのは、子どもの問題ではなく、親が使っていた言葉が曖昧だったからでした。
今日、バイリンガルの意味を家で決めるためにできること
読み終わって、家で決められることは3つでした。
- 「バイリンガルにしたい」を、日常会話までか学習言語までかの2択に言い換えてみる。国の調査がこの2本で線を引いている
- 目標を級や年齢ではなく、CEFRの段階の記述で置いてみる。A1からC2までの説明文は文部科学省のPDFで読める
- 「バイリンガル」という語が学習指導要領に0件だったことを踏まえて、学校に何を期待するかを決め直す
この3つは、どれも公開されている資料の本文と、それを機械で数えた結果だけを根拠にしています。
「0件」と書いたものは、PDFを全文テキストにして空白を詰めてから数えた結果です。
数えた日は2026年9月16日で、数えた対象は本文中に出典を書いたPDFそのものです。
資料に書かれていない「バイリンガルの正しい定義」については、この記事では分からない、としか書けません。
この記事は特定の学習方法や教育方針の効果を保証するものではなく、公開されている資料に書かれていることと書かれていないことを整理したものです。
お子さんの言葉の育ちで気になることがあるときは、学校の先生など、直接見ている方にご相談ください。
この記事を書くために開いた出典
- 文部科学省|小学校学習指導要領(平成29年告示)
- 文部科学省|中学校学習指導要領(平成29年告示)
- 文部科学省|「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和7年度)」の結果について
- 文部科学省|令和7年度 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査の結果を公表します(PDF)
- 文部科学省|令和7年度 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果について(PDF)
- 文部科学省|日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査-調査の概要
- 文部科学省|各資格・検定試験とCEFRとの対照表(平成30年3月/PDF)
- 文部科学省|外国人児童生徒等のことばの力のアセスメント
- 文部科学省|帰国・外国人児童生徒教育情報(CLARINET)
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