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第二言語習得の研究は、子どもの英語をどう説明しているのか。臨界期仮説を論文で確かめた

駅前の英語教室の看板に、「子どもの耳は今しか育ちません」と書いてありました。

スマホに出てきた広告には、「言語の臨界期」ということばと、何歳までという数字が入っていました。

どちらも科学っぽい言い方をしているのに、書いてある年齢が同じではありませんでした。

私は、そのもやもやを広告の空気で決めたくなかったので、第二言語習得を扱っている学術論文と、国が出している資料を自分で開いて読みました。

この記事に書いてあるのは、そこに書いてあったことと、書いていなかったことだけです。

出典が取れなかった主張は、この記事には1行も入れていません。

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第二言語習得の研究では、「早いほど有利」は決着していない

先に結論を書きます。

南山大学が出している紀要に載った、鹿野緑氏の論文「海外文献から読み解く第二言語習得臨界期仮説」(アカデミア 文学・語学編 115号、2024年1月、67〜96ページ)は、海外の主要文献を読み解いたうえで、Singleton & Leśniewska(2021)を引いて、この仮説は「証明されておらず(not proven)かつ反証されてもいない(unfalsified)」状況にあると書いています。

つまり「正しいと確かめられてもいないし、間違いだと示されてもいない」というのが、2024年時点の日本の研究者による整理です。

同じ論文の結びでは、「臨界期仮説」を第二言語習得の領域にどう当てはめるかという解釈は現時点では一致を見ていない、とも書かれています。

ここが、広告の言い方といちばんズレているところでした。

広告は言い切りますが、論文は言い切っていません。

そもそも第二言語習得とは、何を調べている分野なのか

大妻女子大学の服部孝彦氏は、「英語学習の臨界期に関する研究(第二言語習得論からの考察)」(グローバル人材育成教育研究 11巻2号、2024年3月、2〜10ページ)の冒頭で、第二言語習得研究は1950年代以降に本格的に展開されている学問分野だと書いています。

そして、この分野でよく論じられるのは「第二言語の学習者が、母語話者と同等の能力を獲得できるかどうか」だとしています。

つまり、英語教室の効果を測るための学問ではなく、人が母語のあとにもう1つの言語を身につけていく仕組みを調べる学問です。

親が知りたい「うちの子はいつ始めればいいか」は、この分野のど真ん中の問いではなく、研究の結果から間接的に引かれてくる話でした。

同じ論文で使われている用語を、先に並べておきます。

用語論文での説明
臨界期(critical period)特定の行動様式を獲得するために最も適している時期
臨界期仮説その期間を逸すると、言語の習得が不完全であるとする仮説
第二言語環境その言語が日常的に使用されている場所での学習状況
外国語環境日常生活での言語使用が限られ、学校教育などで学ぶ環境
明示的学習意識的な学習。認知能力が発達した大人が得意とされる
暗示的学習無意識的な学習。子どもが得意とされる

「臨界期」は結論の名前ではなく、仮説の名前です。

第二言語習得の臨界期仮説は、どこから出てきた話なのか

服部氏の2024年の論文によれば、母語の臨界期を提案したのは Lenneberg(1967年『The Biological Foundations of Language』)です。

Lenneberg は、子どもが後天的に失語症になった年齢と、言語能力が回復する度合いの関係を見て、母語習得の臨界期を12歳から13歳としたと書かれています。

つまり、もともとは母語(第一言語)についての主張であって、英語のような第二言語の話ではありませんでした。

母語で言われたことが、そのまま第二言語習得にも当てはまるのかどうか。そこが、いまも議論になっている場所です。

鹿野氏の論文には、「臨界期」ということば自体が、もともと1920年代頃の発生学で使われはじめたという説明(Buer, 2001)も出てきます。

言語の話として生まれたことばですらなかった、ということです。

広告が「臨界期」と書くとき、その根拠として名前が挙がるのは、たいていこの1967年の本です。

第二言語習得の臨界期について、研究者の立場は3つに分かれている

服部氏は2024年の論文で、VanPatten & Benati(2015)に沿って、第二言語習得の臨界期をめぐる主張を次の3つに分類しています。

立場主張論文で挙げられている研究
(1)存在するとする立場第二言語習得にも臨界期があるOyama(1976)/Flege, Yeni-Komshian & Liu(1999)/Johnson & Newport(1989)
(2)懐疑的な立場臨界期があると断定はできないNeufeld(1980)/Birdsong(2005)/Herschensohn(2008)
(3)複数あるとする立場発音・文法などで別々の臨界期がある(多重臨界期仮説)Seliger(1978)

(2)の側の例として論文に挙がっているのが、Neufeld(1980)の調査です。

フランス語を学んでいる成人アメリカ人7人にフランス語の文章を録音してもらい、それを85人のフランス語母語話者のカナダ人に聞かせて判定させたところ、7人のうち5人が母語話者だと認識されたと書かれています。

大人になってから始めても母語話者と区別がつかない人がいた、という報告が、仮説への反論として使われているわけです。

また Birdsong(2005)は、臨界期が第二言語習得の一般的な傾向であると断定するには至らないと指摘したと書かれています。

理由として挙げられているのは、能力の低下が特定の年齢で急に起こるわけではないこと、そして年齢以外の要因も絡んでいる可能性があることです。

3つの立場が並んでいる時点で、「◯歳まで」と1つの数字で言い切れる状態ではない、ということになります。

第二言語習得の話は「第二言語環境」か「外国語環境」かで変わる

ここが、資料を読んでいていちばん大きいと思った区別です。

服部氏の論文では、親の仕事で渡米して現地の小学校で英語を学ぶ場合が第二言語環境、日本国内の学校で英語を学ぶ場合が外国語環境と説明されています。

そして、「早いほど有利」という見解が多くの研究者に支持されているのは第二言語環境のほうで、外国語環境では必ずしも支持されていない、と書かれています。

同じ論文の注では、大津(2007)が「外国語環境における第二言語習得の臨界期の存在については、現在までのところ証拠も妥当な議論も見当たらない」と述べていることが紹介されています。

さらに佐野他(2011)が、多くの臨界期研究は第二言語環境で行われたため外国語環境には直接適用できないと指摘していることも書かれています。

日本で暮らす子どもは、原則として外国語環境のほうに入ります。

広告が海外の研究を引いてくるとき、この区別が落ちていることがあります。

そこが、読むときにいちばん気をつけたところでした。

日本の子どもを対象にした第二言語習得の調査は何を示したか

服部氏の論文で紹介されている、日本の学習者を対象にした調査は2つありました。

  • Ojima et al.(2011)=日本の小学生350名を対象に、英語学習の開始時期・総合学習時間・リスニングテストの得点などを調査。早く始めた児童ほど得点は高かったが、学習時間を均等にすると早期学習者ほど得点が低くなる傾向が見られたとされる
  • Larson-Hall(2008)=日本語を母語とする大学生約200名を、英語学習の開始が12歳以前か以降かで分けて調査。文法テストと音素識別テストの結果から、早期英語教育の実質的な効果はほとんど見られなかったとされる

スペインで行われたバルセロナ年齢要因(BAF)プロジェクトについても紹介されています。

外国語環境にいる生徒・学生約2,000名を8歳・11歳・14歳・18歳以降の4グループに分け、指導時間を200時間・416時間・726時間で区切ってテストしたところ、ほとんどの基準で開始年齢が高いほど成績が良かったと書かれています。

726時間の指導を受けたあとでも年長者が有利だった点が注目に値する、とも注で補足されています。

ただし、これらは「早く始めると損をする」という話ではありませんでした。

論文が説明として挙げているのは、子どもが得意とされる暗示的学習には大量のインプットが必要で、外国語環境ではその量が足りない、という理屈です。

つまり問題にされているのは年齢そのものではなく、触れる量のほうでした。

第二言語習得の「量」を、小学校の授業時数と並べてみた

量の話が出たので、日本の小学校で英語に触れる時間を数えました。

文部科学省の小学校学習指導要領(平成29年告示)の別表第一には、外国語活動が小3・小4で各35単位時間、外国語が小5・小6で各70単位時間と書かれています。

1単位時間は45分です。

学年区分年間の単位時間45分換算
小3・小4外国語活動各35=計703,150分=52.5時間
小5・小6外国語各70=計1406,300分=105時間
小3〜小6の合計-210単位時間9,450分=157.5時間

一方、服部氏の論文の注には、Larson-Hall(2006)が早期英語教育の利点を享受するには英語の学習時間が1,500時間から2,000時間は必要だとしている、と書かれています。

小学校4年間の英語の授業を全部足しても157.5時間で、その1割前後にしかなりません。

この2つの数字を並べたのは私で、論文がこの比較をしているわけではありません。

ただ、桁が2つ違うという事実そのものは、割り算をすれば誰でも確かめられます。

学習指導要領の解説に、「第二言語習得」も「臨界期」も出てこない

国が小学校の英語をどう説明しているのかを確かめるため、文部科学省の小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語活動・外国語編(平成29年7月)のPDFを全文テキストにして、機械で言葉を数えました。

空白を除いた本文は207,793字でした。

数えた語件数
臨界期0件
第二言語0件
仮説0件
早期0件
開始年齢0件
言語習得2件
母語10件
コミュニケーション303件

国の解説書は、第二言語習得の理論を根拠にして小学校英語を説明してはいませんでした。

ちなみに「脳」は2件、「耳」は1件ヒットしましたが、前後を読むとどちらも巻末の「学年別漢字配当表」に並んでいる漢字で、本文の主張ではありませんでした。

「言語習得」の2件は、どちらも「繰り返し学習させることで定着を図る」という指導方法の文脈でした。

いちばん近い1文は、これです。

「乳幼児は,周囲の人が話す言葉を聞いて自然に母語を獲得していくとも言われる。」

主語は母語で、しかも文末は「とも言われる」です。

国の解説書ですら、この慎重さで書いてありました。

「耳が育つ」は第二言語習得の研究のどこから来たのか

広告でよく見る「耳」の話に近いのは、発音(音声)の研究です。

服部氏の論文には、Oyama(1976)や Flege, Yeni-Komshian & Liu(1999)などの研究が示すように、早期に第二言語学習を始めることが発音の質に大きな影響を与えることは多くの研究で確認されていると書かれています。

ただし、これらはいずれも移民を対象にした研究として紹介されています。

つまり第二言語環境の話であって、日本の外国語環境にそのまま持ってこられるとは書かれていません。

一方、文法と語彙については「研究結果にばらつきが見られる」とされています。

これが、発音と文法で別々の臨界期があるとする多重臨界期仮説(Seliger, 1978)につながっていく話です。

同じ論文の注には、「臨界期」という言い方そのものを見直す動きも紹介されていました。

Oyama(1979)や Patkowski(1980)は、能力が徐々に低下するという観点から、critical period(臨界期)より sensitive period(敏感期)のほうが実情に合致すると主張したと書かれています。

脳の神経構造は固定されておらず、周囲に適応して変化する柔軟性(可塑性)を持っていて、それはある時期を過ぎてすぐ失われるものではない、というのがその理由です。

「扉がバタンと閉まる」のではなく「坂がなだらかに下がる」というイメージのほうが近い、という主張です。

第二言語習得の研究は、日本にどれくらいあるのか(実測)

「研究では」と言われたときに、その研究がどこにあるのかを自分で確かめられるようにしておきたかったので、公的なデータベースで件数を数えました。

データベース検索語件数(2026年9月12日)
J-STAGE(科学技術振興機構)第二言語習得1,456件
J-STAGE臨界期仮説36件
KAKEN 研究課題(科研費DB)第二言語習得1,617件
KAKEN 研究課題臨界期仮説17件
KAKEN 研究者第二言語習得1,026件
CiNii Research臨界期仮説 第二言語習得25件

第二言語習得の研究そのものは千件を超えて積み上がっている一方で、臨界期仮説に絞ると数十件という規模でした。

実際に科研費が付いている例も確認しました。

この記事で引いた服部氏の2024年の論文は、科研費 JP21K00768「小学校教員のための『教科としての英語』指導研修プログラム開発」(基盤研究(C)、大妻女子大学、研究期間2021年4月1日〜2025年3月31日)の成果として登録されていて、キーワードに「第二言語習得」と「臨界期」が入っています。

誰が、どの予算で、いつ調べたものかまで追える形になっているのが、広告のコピーとの決定的な違いでした。

この記事で確かめられなかった第二言語習得の論点

正直に書いておきます。

  • 白畑知彦氏「言語習得の臨界期について」(Second Language 3巻、2004年、3〜24ページ)は、J-STAGEに書誌があることは確認できましたが、PDFの全文をこちらの環境で開けませんでした。この記事で触れた「文法項目にも年齢の影響を強く受けるものとそうでないものがある」という内容は、服部氏(2024)がこの論文を引用している記述から取っています
  • Hartshorne, Tenenbaum & Pinker(2018)が約67万人のデータから「統語構造の習得能力は17.4歳まで保たれ、その後著しく低下する」と結論したという記述は、鹿野氏(2024)の紹介によるものです。原論文そのものは読めていません
  • 広告に出てくる具体的な年齢(「◯歳まで」)が、どの研究のどの数字を根拠にしているのかは、広告側に出典が書かれていないため確かめられませんでした

確かめられなかったものを「無い」とは書きません。確かめられなかった、とだけ書きます。

第二言語習得の話をふまえて、今日、家で決められること

読んだ結果、家で決められることは3つに絞られました。

  • 「◯歳まで」と年齢を言い切っている広告は、出典を探す。出典が書かれていないものは、判断の材料から外す
  • 海外の研究が根拠に挙がっていたら、それが移民の調査かどうかを見る。移民の調査なら第二言語環境の話で、日本で暮らす子どもの環境とは前提が違う
  • 開始年齢より、触れる時間の総量を数える。週1回30分なら年間26時間で、小学校4年間の授業157.5時間と足しても、論文に出てきた1,500〜2,000時間には遠い

3つ目の計算は、教室を選ぶ前に紙の上でできます。

鹿野氏の論文の結びには、年齢を第二言語習得の唯一無二の決定要因とする狭い解釈の傾向は薄れ、年齢を影響要因の1つとして扱う多面的な研究が進んでいる、と書かれていました。

同じ論文では、個人差を生む要因として性格・言語適性・態度・動機・学習スタイル・年齢が並べて挙げられています(Lightbown & Spada, 2013)。

年齢は、6つ並んだうちの1つでした。

それが分かっただけで、看板の前で立ち止まる時間はだいぶ短くなりました。

第二言語習得を調べるときに開いた資料(出典)

論文を読み、件数を数えたのは2026年9月12日です。

研究は日々更新されるので、最新の状況は各データベースと各学会の公表ページで確かめてください。

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